伊豫豆比古命神社

伊豫豆比古命神社(椿神社)略記

伊豫豆比古命神社(椿神社)略記

つらつら椿の花咲きて
御鎮座二千数百余年、伊豫豆比古命神社は通称椿神社・椿さんとも呼ばれ、古くより開運縁起商売繁盛の神として世の崇敬厚き神社であります。特に旧暦の一月七・八・九日の三日間斎行される椿まつりは四国随一の大祭であり、愛媛県下はもとより全国から五十万人余りの善男善女が参詣に集う大変賑やかなお祭りです。

伊予の名義

●伊予の二字は古事記に見えるのが初見で、国造本紀には「伊余」とあり、日本書紀、三代実録伊予風土記、湯国碑文には「夷与」とある。天平十年西琳寺僧宝帳には「伊預」と記す。
●イヨの字義について本居宣長は「弥(いや)」の儀と説き、郷土史家は「温泉(ゆ)」にイと言う接頭語が付いたと説いている。「温泉(ゆ)」=「癒(ゆ)」(病気治療の効用から)でもある。

御祭神について

伊豫豆比古命は湯の国の主宰神の意味を持ち、神格化された呼び名である。伊豫豆比売命はその妻神である。伊与主命は国造本紀(八一○~八三九年編集)①に、応神天皇の御代初代久味国造(くみのくにのみやつこ)に就任されたとある②。伊与主の名儀は伊豫の主(あるじ)の意で、最古の道後温泉が勢力範囲に入っていたことから「湯(ゆ)の大人(うし)」からきているという説もある。古くから温泉として大和朝廷との交渉のあった温泉(ゆ)の国、また付近に展開する重信川流域を中心とした豊潤な地帯に住む先住者と一体化することは、時の中央政府にとって緊要の政治的措置であったのである。愛比売命は古事記に伊予国謂二愛比売一とあり、見目(みめ)麗しき女神の意と考えられ、本居宣長は古事記伝③に、愛媛の意を講説している。
伊豫豆比古命と伊与主命の両神については、同神異名と考える説と、その祖神を神格化して伊豫豆比古命と称えその後継者を伊与主命と呼んだものとする説の二説があり定かではないが、久味に国造が置かれ国魂(くにみたま)として伊豫豆比古命が主神として祀られ(先住者にとって氏神でもあった)、その後継者であった伊与主命が久味国造としてその境域巡撫に当ったとする説は、上代の記紀に見える先住異族との融和統一に見られる事例で珍しいものではない。 又、「播磨国風土記(はりまのくにふどき)にいう。冑岡(かぶとおか)というは、伊与都比古の神、宇智賀久牟豊富命(うちかくむとよほの)と、相闘いし時、冑(かぶと)、此の岡に堕ちき。故(かれ)、冑岡(かぶとおか)という。」と記載されているのは、伊豫豆比古命の神威が播磨の国まで届いていた証拠であると思われる。

①言久味国造軽島豊明朝神魂尊(かむむすひのみこと)十三世孫伊与主命定賜国造

②伊予の国造(くにのみやつこ)は成務天皇(一三一~一九二)の朝に他国に先んじて置かれ、かつ、景行天皇熊襲征伐の折に大功を建てた敷しきけたひこの桁彦命の子速後上(はやしりえ)命が任ぜられた。国造本紀によれば、七世紀の始めの愛媛では、伊予・久味・小市(おち・越智))・怒麻(ぬま・野間)・風早の五ヶ所に国造があったと記されている。久味国造は最初の国造、伊豫国造より僅かに数十年を隔てて応神朝に置かれ、初代国造に就任されたのが伊与主命である。

③愛比売(えひめ)は兄弟の女子を兄比売弟比売(えひめおとひめ)と云例多かれば、此国は女子の始の意にて兄比売か。又伊豫を元よりの大名にして見れば、彼大御歌(応神)の如く彌並宜島々(いやならびよろしきしまじま)の意にて愛(え)は宜(よろし)き意か。比売(ひめ)は比古(ひご)に対して、女を美(ほめ)て云称(な)にて、比(ひ)は産巣日(むすび)などの日の意なり。

つばきと椿祭について

いつの頃から椿神社・椿祭と呼称されるようになったか起源は詳かではありません。
椿は我が国特有の花で、古代から日本人の生活とはつながりがあったようです。椿の花の咲き初める寒風の季節に祭祀が営まれその木の下で原始的な物々交換が行われ、附近一帯に多かった藪の中に交った藪椿の印象が神社の呼び名となり、椿は何か人間に新しい年の幸運をもたらす響を人々に与え、この簡潔で親しみ易い呼び名に定着したのでしょう。
つばきについて
●日本書紀によると、景行天皇の十二年、熊襲の首領土蜘蛛を討つため、豊後の国速水で椿の枝で椎を作って武器とし、その一族を平定したとの記事がある。その頃から椿は瑞祥破邪の木として長寿者や僧侶が杖に愛用し、朝廷の儀式にも使われた事が見えている。万葉集には次のような椿を詠んだ歌が見られる。
巨勢山のつらつら椿つらつらに
見つつ思(しの)ばな巨勢の春野を
吾妹子(わぎもこ)を早見浜風大和なる
吾まつ椿吹かざるなゆめ
あしひきの八峰の椿つらつらに
見とも飽かめや植ゑてける君
●椿を美しい乙女にたとえたり、照り葉といわれる所以(ゆえん)を巧みに表現したり、植樹をした事が窺われる。
●平安期には、悪魔除けのため、正月上の卯の日の宮中行事として、卯杖卯槌の代しろとして欠く事のできぬ木であった。その他生活の具として貴重な油をもたらし、化粧の具として男女共に用いたという。思うに、その多方面にわたる効用は神秘的霊力を感ぜしめ、古代の人々は聖なる幸運をもたらす椿として、多くの願いを託してきたのではあるまいか。
また、その花木の強靱さゆえ貴ばれ長寿の代表とされたことは、盛唐の大詩人杜甫の「椿寿云々(ちんじゅ)」の詩文とも心通うものがある。
椿祭について
椿まつりを詠んだ俳句・川柳
賽銭のひびきに 落る椿かな正岡 子規
椿祭はたして 神威雪となる品川 柳之
恵栄(ええ)なもし お椿まいり道後の湯   河本南牛史
斎行日ー旧暦の一月七・八・九日の三日間
●「立春に近い上弦の初期」と月齢を定められた初祭であり、「椿まつり」「お椿さん」又は「伊予路に春を呼ぶ祭り」の愛称で親しまれ、愛媛県下はもとより、北は北海道南は九州までの広く厚い人々の信仰に支えられた祭です。この春祭は今や松山地方随一の大祭になりましたが、全国から五十万人余りの善男善女が参詣するこの祭りは、松山地方だけでなく三日間の参拝者数から言えば四国随一の大祭であり、年々増加の傾向にあります。
●又国道三十三号線からの東参道の両側にはびっしりと露店が立ち並び、その数は全国有数であります。

伝説と地名縁故地

舟山(ふなやま)

●伊豫豆比古命が此の地(津の脇)に御船を寄せ給いし時に、翁神(地主神・塩鳴栲綱翁神(しおなるたぐつなのおきなのかみ))が纜(ともづな)を巌頭に繋(つな)いでお迎えした。依って船山と名付く…という伝承があります。
●船山は現在の社地の丘を称する名前で、船崗、船山と言う地名は神社の社地が丘をなす場合広く使われたようで、丘の形状を小船の形で素朴に表現したものです。

鞘淵(さやぶち)

●この鞘淵はサヤ=サヤアカ=清明の意味で清らかな水の湧出する泉の意味です。
●毎年元旦の午前二時、宮司がこの鞘淵へ湧き水を汲みに参りそれを御神前に奉る「若水汲み(わかみずくみ)の神事」を執り行っています。奉られた若水は一年間腐敗することがありません。
●尚、当神社の氏子地域を石井(いしい)、又鎮座地町名を「居相(いあい)」と申しますが、石井は砂礫の多い井(泉)、居相も又弥井(いやい)の意味ともいわれ、水に苦労の多かったこの地方の極く少ない泉を称えた名であろうといわれています。

潮鳴石(しおなるのいし)

●本殿内庭神苑にこの石があります。この石を打ち、耳を当てると潮騒が聞こえると言い伝えられています。数十年以前にはこれにお米を供える人が有り、又この供米を歯の痛む時に噛むと痛みが止まると言われておりました。
●この附近には見付け難い花崗岩で古代祭祀の祭壇として使われたものではないかと考えられています。

〆石(しめいし)

(神社南にあるお旅所の東西に立っています。)
●三輪田米山(みわだべいざん)(神官・書家一八二一~一九〇八)揮筆の大字(だいじ)の中でも傑作の一つといわれています。米山は自主的独学心と猛習によって技法を完成し、優れた美感覚により造形と律動の自主性を発揮し天衣無縫の書を残しました。
伝統を守り自己に徹し切った米山の書は本道を成就したものといわれています。

境内案内

(一)勝軍(かちいくさ)八幡神社
■御祭神
誉田別命(ほんだわけのみこと)
■由緒
蒙古襲来の戦勝に因み、勝軍の名を冠す。
(二)御倉(みくら)神社
■御祭神
宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)
■由緒
居相の里の神。稲荷神社の御祭神たる神にして、稲の神。
(三)児守(こもり)神社
■御祭神
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)…安産母乳の神。
天之水分命(あめのみくまりのみこと)…水を掌り給う神。
(四)奏者社(そうじゃしゃ)
■御祭神
潮鳴栲綱翁神(しおなるたぐつなのおきなのかみ)
■由緒
境内略図㊄の由緒により、昔本社参詣する者先づ奏者社を拝し万御取次を請うとされた。
(五)舟山
■由緒
(伝説と地名縁故地)に記述
(六)潮鳴石(しおなるのいし)
■由緒
(伝説と地名縁故地)に記述
(七)古楠(ふるくす)
■由緒
愛称を「お紅(べに)さん」と呼ばれる牝狸がこの古楠に住むという伝承あり。愛媛県に多い狸神話の一つ。
(八)鎮魂碑(ちんこんひ)
■由緒
石井地区戦没者の慰霊碑(石井地区戦没者慰霊碑建設実行委員会が建立)
(九)世界平和碑(せかいへいわひ)
■由緒
世界平和を祈念した碑(修養団捧誠会教祖故出居清太郎氏が建立)
(十)筆魂碑(ひっこんひ/右側)
■由緒
毎年使用済みとなった大小種々の古筆をここに納める(愛媛県屋外広告美術商業組合が建立)
(十一)鋏魂碑(きょうこんひ/左側)
■由緒
鋏魂を鎮め祀る碑(愛媛県理容生活衛生同業組合が建立)
(イ)長曽我部 勝
■作品
想衣婆於母和禮留(おもえばおもわれる)
(ロ)同上
■作品
恋闕(れんけつ)(昭和天皇御在位六十年奉祝記念)
(ハ)正岡 子規(右側)
■作品
賽銭のひびきに落る椿かな
(ニ)品川 柳之
■作品
椿祭はたして神威雪となる
(ホ)河本 南牛史(左側)
■作品
恵栄(ええ)なもしお椿まいり道後の湯
(ヘ)仲川 たけし
■作品
鈴ひけば神とわたしに虹の橋
(ト)小倉 虹男
■作品
予の国に春立つ椿祭かな
(チ)大野 静
■作品
むかしむ可志
日本野久尓に陽加照りて
父野古恵尓てもみす里の唄